飛騨地域(下呂市、高山市、飛騨市、白川村)にコミットした会社(HIDAIIYO及び旅ジョブ)を経営しています。 現在の事業領域はインバウンドツーリズム中心ですが、飛騨の将来を明るくするために、地域の問題を解決するビジネスに、事業領域を問わず取り組んでいきます。 MBA、起業、日々感じることを書いていきたいと思います。
2015年5月15日金曜日
Strategic Brand Management / Camera. Reinvented.
昨日のStrategic Brand Managementの授業で、世界的に活躍するPR agencyの方から広告の観点からブランドマネジメントに関する講義を受けたんだけど、彼は、
「ほとんどの人は君のプロダクトやBrandに興味なんてもっていない」
「BrandにEmotional tieを持っている人はそんなに多くない」、
「0.5%の人がFB上でBrandについて投稿している」
「誰も有料広告なんて見ない」
「ほんの一握りの心を動かれた人とほとんどのBrandsを気にせず買う人たちで十分収益が上がるので、広告に莫大な費用をかけ続けるのだ」
「それをやめてしまったら消費者にBrandを思い出してもらえないので止められないのだ」
と研究や本をもとにばさばさ一般的に信じられていることを切り捨てていったあとで、
"So what should we do about this? Just move people."
とにかく消費者を感動させろ!と一言。
それが出来れば苦労せんやろ!とクラスの誰もが突っ込んだと思うけれど、だからPR agencyとかCreativeが必要なんだということか。。。
なかなか難しいね~と思った矢先、今日心を動かされてしまった。
このベンチャーの動画がかっこよすぎる!プロダクトとConcept "Camera. Reinvented."がそもそも素晴らしいので車や消費財のコマーシャルとかとは違うけれど、心を動かされてしまった。
このMovieはLily Cameraを使って出来ることやそれによって得られる喜びが良く伝わってきて、今後旅ジョブとioriで作るMovieにも参考になった。
それにしてもこれ欲しいけどお金が、、、、
よし!タダでちょうだい!とメールをしてみよう。Time To Be Creative。
2015年4月21日火曜日
古川祭りとケンブリッジと僕
4月19日。
9年ぶりに古川祭りのお越し太鼓に出た。
僕には今回の祭りには特別な思いがあった。
小さい頃から祭りの前は毎晩笛の練習で、当日は屋台に乗って笛を吹いた。青龍台を担当する殿町の子供達はみんな参加した。
昼間は大泣きして獅子から逃げ、夜は家族でさらし姿の父親を見送り、起こし太鼓が通るのを時には下から見上げ、時には家の二階から見たりして育った。
そのせいか祭りの音が耳に入ると自然と心がそわそわしてワクワクしてくる。自分の心に染み付いた祭りのリズムが何歳になっても蘇ってくる。
ずっと出たいと思っていた古川祭りに僕が初めて出たのは就職が決まった大学四年生の時。やっと出れると楽しみにしていたけど、終わった後に少し虚しさが残った。
そん時思ったのは、
「この祭りは、地元の人々による地元の人々のための祭りやな」
ということ。
飛騨で暮らして飛騨の長い冬に耐え、祭を長期間準備したからこそ、楽しいんやろーなってすげー伝わってきた。
高校卒業後地元を離れて、これから社会人として東京で一旗挙げよう!と思っていた僕が当日ひょこっと来たわけで、付け太鼓や初めてのとんぼは楽しかったけれど、胸の奥に少し違和感を感じてしまった。
たぶんこの時は自分のことを古川人と言い切れなかったんだとおもう。
そしてこの初めての付け太鼓の後ある決心をした。
それは、
「飛騨に戻って飛騨で暮らすようになるまでは、もう古川祭りには出ない」
ということ。
地元に戻って心から楽しめるようになるまではもう出たくなかった。
その後、一度だけ昔付き合っていた彼女を祭に連れてったことがある。その時はただ見るだけで、太鼓の音、ツレの姿がやたら心に響いた。
「俺このまま祭り出ずに終わる可能性もあるにけよ、そんでもいーんか?」
「古川に生まれたからには祭り出てー!一番上のりてー!」
と自問自答したのを覚えている。
でも大学一年時からぜってー地元帰るって言っとったのにいつになるかわからなんし、100%自信がなかった。もどかしかった。
月日は流れもう祭には出ないと誓ってから、ちょうど8年後の春。色んなタイミングと仲間にめぐまれて地元に帰ることができた。
住民票を移し、二つの事業を仲間と飛騨古川で始めた。その半年後ケンブリッジ大学に留学した。
飛騨を拠点にしていて、たまたま一年間はイギリスにいるという状況であって、僕の中では昨年が古川やんちゃとしての再スタートだった。
祭の準備には関われなくても、飛騨で生きる覚悟を決めて拠点を移した今の自分なら、今の気持ちなら、きっと楽しめると思った。
だから9年ぶりの古川祭りにはどうしても出たかった。
祭りに出るためには、大学のプログラムであるグローバルコンサルティングプロジェクト期間中に日本に戻る必要があった。日本企業は大学が提供してくれないので、自ら交渉して調達する必要があった。
プロジェクトも前倒しで終わらせ、同期とのJapan Tripも祭前に終わらせる必要があった。出来れば母親の誕生日に古川に戻れると完璧やなと思ったけど、ここは同期の予定に合わせようと思っていた。
結果として、星野リゾート社とのプロジェクトが決まり、優秀なメンバーと前倒しで取り組んだため同期最速でプロジェクトが終わった。
チームメンバーも結婚式の予定があったり、家族をイギリスに残している等で早めに日本から旅立ったため、ちょうど母親の誕生日に飛騨に戻ってこれた。
そして奇跡的にケンブリッジ在学中にお越し太鼓に太鼓縛りや前夜祭から参加できた!
正直こうなるとはおもってなかったけど、振り返ると全てが完璧なタイミングで繋がった!
肝心の祭の感想やけど、でーれやべー!楽しかった!
青龍台には小さい頃から一緒だった先輩や後輩がたくさんいたし、町に繰り出せば同級生に会ってテンション上がるし、古川を離れていた12年がまるでなかったかのような気さえした。
一方で、一緒にスケボーやっとった後輩はもう10年選手で現場を仕切る程になっていたり、時の流れを感じることもたくさんあった。
英国からいきなり古川祭に来た自分の目には、全てがより新鮮に写った。
品格ある古い町並み、寺と満開の夜桜、お越し太鼓と付け太鼓の組み合わせは、本当に日本的で美しく神秘的に見えた。

付け太鼓の上からとんぼをしながら見下ろす観光客とカメラのフラッシュの連続は、幻想的な空間をスローモーションで回っている、映画のワンシーンの様な光景に感じた。
そして、全て終わった後に感じたことは、9年前と全く同じこと。
「この祭りは、地元の人々による地元の人々のための祭りやな」
ということ。
それから、
「古川に生まれて良かった。古川に戻ってきて良かった。」
ということ。
当日まで祭りをつくりあげた方々に感謝です。
来年からは準備から頑張ってもっと楽しんでいきます!
まだまだ知らないことも多いし、毎年出ると違うのかも知れないけれど、少なくともいまはこんな感じです。
授業もいくつかで出れんかったし、左足の親指の爪ももってかれたけど、いよー!
9年ぶりに古川祭りのお越し太鼓に出た。
僕には今回の祭りには特別な思いがあった。
小さい頃から祭りの前は毎晩笛の練習で、当日は屋台に乗って笛を吹いた。青龍台を担当する殿町の子供達はみんな参加した。
| (屋台) |
![]() |
| (獅子舞) |
| (太鼓の上に乗れるのは古川人でも一生に一度。親父も乗った。) |
そのせいか祭りの音が耳に入ると自然と心がそわそわしてワクワクしてくる。自分の心に染み付いた祭りのリズムが何歳になっても蘇ってくる。
ずっと出たいと思っていた古川祭りに僕が初めて出たのは就職が決まった大学四年生の時。やっと出れると楽しみにしていたけど、終わった後に少し虚しさが残った。
そん時思ったのは、
「この祭りは、地元の人々による地元の人々のための祭りやな」
ということ。
飛騨で暮らして飛騨の長い冬に耐え、祭を長期間準備したからこそ、楽しいんやろーなってすげー伝わってきた。
高校卒業後地元を離れて、これから社会人として東京で一旗挙げよう!と思っていた僕が当日ひょこっと来たわけで、付け太鼓や初めてのとんぼは楽しかったけれど、胸の奥に少し違和感を感じてしまった。
| (付け太鼓。まじで死ぬかもと思う瞬間が3回ぐらいある。。。) |
たぶんこの時は自分のことを古川人と言い切れなかったんだとおもう。
そしてこの初めての付け太鼓の後ある決心をした。
それは、
「飛騨に戻って飛騨で暮らすようになるまでは、もう古川祭りには出ない」
ということ。
地元に戻って心から楽しめるようになるまではもう出たくなかった。
その後、一度だけ昔付き合っていた彼女を祭に連れてったことがある。その時はただ見るだけで、太鼓の音、ツレの姿がやたら心に響いた。
「俺このまま祭り出ずに終わる可能性もあるにけよ、そんでもいーんか?」
「古川に生まれたからには祭り出てー!一番上のりてー!」
と自問自答したのを覚えている。
でも大学一年時からぜってー地元帰るって言っとったのにいつになるかわからなんし、100%自信がなかった。もどかしかった。
月日は流れもう祭には出ないと誓ってから、ちょうど8年後の春。色んなタイミングと仲間にめぐまれて地元に帰ることができた。
住民票を移し、二つの事業を仲間と飛騨古川で始めた。その半年後ケンブリッジ大学に留学した。
飛騨を拠点にしていて、たまたま一年間はイギリスにいるという状況であって、僕の中では昨年が古川やんちゃとしての再スタートだった。
祭の準備には関われなくても、飛騨で生きる覚悟を決めて拠点を移した今の自分なら、今の気持ちなら、きっと楽しめると思った。
だから9年ぶりの古川祭りにはどうしても出たかった。
祭りに出るためには、大学のプログラムであるグローバルコンサルティングプロジェクト期間中に日本に戻る必要があった。日本企業は大学が提供してくれないので、自ら交渉して調達する必要があった。
プロジェクトも前倒しで終わらせ、同期とのJapan Tripも祭前に終わらせる必要があった。出来れば母親の誕生日に古川に戻れると完璧やなと思ったけど、ここは同期の予定に合わせようと思っていた。
結果として、星野リゾート社とのプロジェクトが決まり、優秀なメンバーと前倒しで取り組んだため同期最速でプロジェクトが終わった。
チームメンバーも結婚式の予定があったり、家族をイギリスに残している等で早めに日本から旅立ったため、ちょうど母親の誕生日に飛騨に戻ってこれた。
そして奇跡的にケンブリッジ在学中にお越し太鼓に太鼓縛りや前夜祭から参加できた!
正直こうなるとはおもってなかったけど、振り返ると全てが完璧なタイミングで繋がった!
肝心の祭の感想やけど、でーれやべー!楽しかった!
青龍台には小さい頃から一緒だった先輩や後輩がたくさんいたし、町に繰り出せば同級生に会ってテンション上がるし、古川を離れていた12年がまるでなかったかのような気さえした。
一方で、一緒にスケボーやっとった後輩はもう10年選手で現場を仕切る程になっていたり、時の流れを感じることもたくさんあった。
英国からいきなり古川祭に来た自分の目には、全てがより新鮮に写った。
品格ある古い町並み、寺と満開の夜桜、お越し太鼓と付け太鼓の組み合わせは、本当に日本的で美しく神秘的に見えた。

付け太鼓の上からとんぼをしながら見下ろす観光客とカメラのフラッシュの連続は、幻想的な空間をスローモーションで回っている、映画のワンシーンの様な光景に感じた。
![]() |
| (とんぼと呼ばれるパフォーマンス。まじで危ないw) |
そして、全て終わった後に感じたことは、9年前と全く同じこと。
「この祭りは、地元の人々による地元の人々のための祭りやな」
ということ。
それから、
「古川に生まれて良かった。古川に戻ってきて良かった。」
ということ。
当日まで祭りをつくりあげた方々に感謝です。
来年からは準備から頑張ってもっと楽しんでいきます!
まだまだ知らないことも多いし、毎年出ると違うのかも知れないけれど、少なくともいまはこんな感じです。
授業もいくつかで出れんかったし、左足の親指の爪ももってかれたけど、いよー!
2015年3月11日水曜日
あれから4年
東日本大震災からもう4年。時間は合わせられなかったけれど、黙祷を捧げました。お亡くなりになった方々のご冥福を心よりお祈り致します。
自分はボランティアにも行って活動していたのに、情けないことに日々に追われて東北の事を考えることが正直全く出来ていなかった。
今日Newsで見た宮城県代表の方の言葉に強く心を動かされたし、被災した方々にとってはこの4年間は僕には想像も出来ないものだった。
自分の事で精一杯になってしまいがちだけど、今日読んだ記事やYahooのキャンペーンのおかげで、当時を思い出し、一度立ち止まって考えることが出来たことに感謝します。
それからあの震災が起きた時、居ても立ってもいられなくなり、様々な活動をしたのを思い出した。
ボランティア活動をしたこと、観光協会と地元企業の協力を得てさるぼぼと味噌せんべいを幼馴染と一緒に避難所に配りに行ったこと、その時見て感じたこと。
そして、さるぼぼプロジェクトの帰り道、幼馴染と車の中で、色々な話をしたこと。
一つは、「やりたくねーことやってる暇はねーな」ということ。人生いつ何が起こるかわからない。もう一度海外に行くことや、地元に早く帰ろうという思いに繋がった。
もう一つは、地元への思いが強くなり、「俺らも地元で出来ることなんかやろーぜ」と言って話が出たゲストハウス事業。これが昨年オープンしたゲストハウスioriに繋がった。
そして最後は、「10年後にまた三人で戻って来ようぜ」という話。それまで後6年、自分には何が出来るだろうか。
6年後東北ではどんな光景が待っているだろうか。
そして、その時の帰りの車の中ではどんな話をしているのだろうか。
自分はボランティアにも行って活動していたのに、情けないことに日々に追われて東北の事を考えることが正直全く出来ていなかった。
今日Newsで見た宮城県代表の方の言葉に強く心を動かされたし、被災した方々にとってはこの4年間は僕には想像も出来ないものだった。
自分の事で精一杯になってしまいがちだけど、今日読んだ記事やYahooのキャンペーンのおかげで、当時を思い出し、一度立ち止まって考えることが出来たことに感謝します。
それからあの震災が起きた時、居ても立ってもいられなくなり、様々な活動をしたのを思い出した。
ボランティア活動をしたこと、観光協会と地元企業の協力を得てさるぼぼと味噌せんべいを幼馴染と一緒に避難所に配りに行ったこと、その時見て感じたこと。
そして、さるぼぼプロジェクトの帰り道、幼馴染と車の中で、色々な話をしたこと。
一つは、「やりたくねーことやってる暇はねーな」ということ。人生いつ何が起こるかわからない。もう一度海外に行くことや、地元に早く帰ろうという思いに繋がった。
そして最後は、「10年後にまた三人で戻って来ようぜ」という話。それまで後6年、自分には何が出来るだろうか。
6年後東北ではどんな光景が待っているだろうか。
そして、その時の帰りの車の中ではどんな話をしているのだろうか。
2015年2月14日土曜日
2015年1月3日土曜日
The 12 Worst Investments Of 2014
メモ。
The 12 Worst Investments Of 2014
http://moneyweek.com/investments/the-12-worst-investments-of-2014/2015年1月1日木曜日
2014年の振り返り
明けましておめでとうございます!
1日からCorporate finance、Accounting、Organizational behaviorのテスト勉強に追われており、ごっつおーもないので、正月気分ゼロです!そしてCambridgeは飛騨並みに寒い笑
写真は今朝の家の前。。。

さて、そんな中ですが息抜きに昨年を簡単に振り返りたいと思います。
振り返るとあっという間という言葉を聞くけれど、今年は振り返っても長かったように感じる不思議な年です。
そして、いつもより色んな方々の顔が浮かぶ年末でした。海外にいるせいか、家族や友人や事業を始めて新しく出会った方々が今頃何をしているのだろう?と無意識に考えていのかもしれません。
この一年はとにかく動きに動いた年でした。
東京で転職活動、MBA受験を進めた後退職、京都でゲストハウス運営の修行、飛騨古川でゲストハウス立ち上げ及び株式会社旅ジョブ立ち上げ、そしてMBAのため渡英。
ここまでで1-8月です。
9月以降は、ケンブリッジMBAが始まり忙殺される日々。
授業だけでなくロンドンのベンチャー企業にコンサルティングを2ヶ月かけて行うProjectも同時に走っていたため、思ったよりも大変でした。
(天気が良かった頃のJBSまでの通り道。忙しくてストレスフルでも学校までの道のりが癒されるのはCambridgeの素晴らしい所)
何とかMBAをこなしながら、旅ジョブとゲストハウスioriに関わり、事業の現状、方向性、問題点等々意思決定が必要なことについて、話合いながら進めて来ました。
当然、時間は限られるので基本的に実務は共同経営者にお任せしてしまっています。
こうして留学出来ているのも頼れるパートナーが日本で頑張ってくれているからなので、本当に感謝しています。
日本ではツーリズム、特にインバウンドが盛り上がっており、政府も力を入れてきています。日本の観光は大きな転換点に来ているようにも感じます。
そんな中、自分が英国にいることで事業の成長スピードがスローダウンしているのは間違いありません。
もどかしく思うことも多いですが、自分がこちらで出来ることに集中し、帰国後に還元出来るよう頑張りたいと思います。
この数ヶ月は海外にいるからこそ得られる人脈作りやCambridge MBA生という立場を活かして企業にProjectの提案等も積極的に取り組みました。
その中からいくつか実現出来そうなProjectが出て来ており、一つは本業であるioriと旅ジョブにも役立つProjectなので、今から非常に楽しみです。
企業からOKが出ればProjectの内容についてもブログに書きたいと思います。
また、日本での事業についてですが、
株式会社旅ジョブ
昨年大学時代の友人2名によって立ち上げた旅ジョブ。この半年間はホップステップジャンプのホップ部分を徹底的に鍛えてきました。
体験数を増やすと同時に、モニター体験を積極的に行っています。ご協力頂いた方々に感謝です。また、複数のメディアに取り上げて頂き、今年は名古屋テレビの取材も控えており、どんな内容になるか今から楽しみです。
今年はステップ出来るようにさらに加速していき、皆さんに『有意義な時間を創出』するために頑張ります。
(写真はBlues Rapperで旅ジョブのモニターの様子)
ゲストハウスiori
幼馴染と設立した合同会社hidaiiyoが運営する最初の事業。
あまり宣伝していないにも関わらず、想定していたよりも多くのお客様に宿泊して頂き、順調に進みました。
たくさんの友人が宿泊してくれたことに感謝するとともに、京都のゲストハウスで一度だけお会いした方々が宿泊してくださり、人との出会いの大切さを実感しました。
また、タイ人のお客様に着付け体験をしてもらったり、ゲストハウスで合コンという新しいジャンルを切り開くことが出来ました。
"Making Hida the world's hometown"
の思いを胸に、来年もioriらしいイベントを企画してより多くの旅行者、地元の方々に楽しんでもらえる場所にするべく頑張ります。

以上
長くなりましたが、2014年は2013年より間違いなく良い年でした。
2014年の自分は2013年の自分より良い自分でした。
2015年の自分はきっと2014年の自分よりも良い自分になるでしょう。
そのためにも、今年は今自分が描ける最大限の挑戦をします。
今年も引続き宜しくお願い致します!!
IIYO-!
1日からCorporate finance、Accounting、Organizational behaviorのテスト勉強に追われており、ごっつおーもないので、正月気分ゼロです!そしてCambridgeは飛騨並みに寒い笑
写真は今朝の家の前。。。

さて、そんな中ですが息抜きに昨年を簡単に振り返りたいと思います。
振り返るとあっという間という言葉を聞くけれど、今年は振り返っても長かったように感じる不思議な年です。
そして、いつもより色んな方々の顔が浮かぶ年末でした。海外にいるせいか、家族や友人や事業を始めて新しく出会った方々が今頃何をしているのだろう?と無意識に考えていのかもしれません。
この一年はとにかく動きに動いた年でした。
東京で転職活動、MBA受験を進めた後退職、京都でゲストハウス運営の修行、飛騨古川でゲストハウス立ち上げ及び株式会社旅ジョブ立ち上げ、そしてMBAのため渡英。
ここまでで1-8月です。
9月以降は、ケンブリッジMBAが始まり忙殺される日々。
授業だけでなくロンドンのベンチャー企業にコンサルティングを2ヶ月かけて行うProjectも同時に走っていたため、思ったよりも大変でした。
(天気が良かった頃のJBSまでの通り道。忙しくてストレスフルでも学校までの道のりが癒されるのはCambridgeの素晴らしい所)
何とかMBAをこなしながら、旅ジョブとゲストハウスioriに関わり、事業の現状、方向性、問題点等々意思決定が必要なことについて、話合いながら進めて来ました。
当然、時間は限られるので基本的に実務は共同経営者にお任せしてしまっています。
こうして留学出来ているのも頼れるパートナーが日本で頑張ってくれているからなので、本当に感謝しています。
日本ではツーリズム、特にインバウンドが盛り上がっており、政府も力を入れてきています。日本の観光は大きな転換点に来ているようにも感じます。
そんな中、自分が英国にいることで事業の成長スピードがスローダウンしているのは間違いありません。
もどかしく思うことも多いですが、自分がこちらで出来ることに集中し、帰国後に還元出来るよう頑張りたいと思います。
この数ヶ月は海外にいるからこそ得られる人脈作りやCambridge MBA生という立場を活かして企業にProjectの提案等も積極的に取り組みました。
その中からいくつか実現出来そうなProjectが出て来ており、一つは本業であるioriと旅ジョブにも役立つProjectなので、今から非常に楽しみです。
企業からOKが出ればProjectの内容についてもブログに書きたいと思います。
また、日本での事業についてですが、
株式会社旅ジョブ
昨年大学時代の友人2名によって立ち上げた旅ジョブ。この半年間はホップステップジャンプのホップ部分を徹底的に鍛えてきました。
体験数を増やすと同時に、モニター体験を積極的に行っています。ご協力頂いた方々に感謝です。また、複数のメディアに取り上げて頂き、今年は名古屋テレビの取材も控えており、どんな内容になるか今から楽しみです。
今年はステップ出来るようにさらに加速していき、皆さんに『有意義な時間を創出』するために頑張ります。
(写真はBlues Rapperで旅ジョブのモニターの様子)
ゲストハウスiori
幼馴染と設立した合同会社hidaiiyoが運営する最初の事業。
あまり宣伝していないにも関わらず、想定していたよりも多くのお客様に宿泊して頂き、順調に進みました。
たくさんの友人が宿泊してくれたことに感謝するとともに、京都のゲストハウスで一度だけお会いした方々が宿泊してくださり、人との出会いの大切さを実感しました。
また、タイ人のお客様に着付け体験をしてもらったり、ゲストハウスで合コンという新しいジャンルを切り開くことが出来ました。
"Making Hida the world's hometown"
の思いを胸に、来年もioriらしいイベントを企画してより多くの旅行者、地元の方々に楽しんでもらえる場所にするべく頑張ります。

以上
長くなりましたが、2014年は2013年より間違いなく良い年でした。
2014年の自分は2013年の自分より良い自分でした。
2015年の自分はきっと2014年の自分よりも良い自分になるでしょう。
そのためにも、今年は今自分が描ける最大限の挑戦をします。
今年も引続き宜しくお願い致します!!
IIYO-!
2014年12月16日火曜日
海外にいるという選択
今日日本から悲しい連絡を受けた。
年数回しか会えていなかったけれどとても優しく会う度に癒される存在だった。
日本にいれば駆け付けることができたのに、自分は英国にいるためそれが出来なかった。
本当に悔しい。
帰国した際に必ず感謝の気持ちを伝えにいきたい。
ふと思い返すとMBAを目指した本当のきっかけもじつはとても感情的なものだった。
僕は自分の大切な人を支えられるようになりたいし、その人達が大変な時はすぐに駆けつけられる人間でありたいと思った。
そのためには自分の人生を自分でコントロールする必要があると思った。
これは過去に自分が辛い時に仲間が駆けつけてきてくれたことが大きい。
あの時のことは本当に一生忘れないと思う。
この一年は何とかなって欲しいと思っていたけれど、海外にいるという選択は、僕にとって大事なことを失うことでもあるとあらてめて気付かせてもらった。
そのことも意識して必ず何かを得て帰国しなければならないと思う。
今日感じたことを、大事にしたい。
2014年12月9日火曜日
RAMEN
今日こんなNewsが目に入った!
一風堂に資金、欧州出店支援 クールジャパン機構
一風堂ロンドン店は少し前に行ったが、なんと2時間待ち状態!また、MBA同期の話では2年前にバンコクにも進出しており、今でも1時間待ちは当たり前の状態だそうだ。
日本人としては、日本文化が発信されることはとても良いと思うけれど、既にある程度成功しているように見える企業に政府がお金を出しているのに若干違和感を感じた。ネットでも様々な反応があるようだ。
税金を投資しているので本当にお金が必要な先(自社で資金調達できなくRiskが比較的高い投資先)を選定するのは難しいのかもしれない。
Wikipediaを見ると民間も出資していて、メディア関連の出資が目立つ。
主な出資者(2014年3月時点、50音順)(Wikipedia)
- アサツー ディ・ケイ
- 日本政府(経済産業省)
これまでの投資先を見るとリテール、メディア、コンテンツ関連が多く、出資先の業界と関係しており、大企業案件多い印象。そういう意味では、一風堂への投資は過去案件の中で最もリスクが高い部類に入る一歩踏み込んだ案件なのかもしれない。
地域経済活性化支援機構(http://www.revic.co.jp/about/overview.html)は小規模案件にも投資しているようなので、同機関とクールジャパン機構の間を担う機関があると良い気がする。(ちゃんと調べてないのでやってる会社はあるかもしれません、、、)
ところで、ロンドンのラーメンだとこちらも人気とのことでいつか行ってみたい!
金田屋
ケンブリッジネタでいうと、ケンブリッジ大学の教授がこんな本を出したことも日本通の間では話題になったらしい。
Slurp! A Social and Culinary History of Ramen - Japan's Favorite
Noodle Souphttp://www.brill.com/slurp-social-and-culinary-history-ramen-japans-favorite-noodle-soup
中国で生まれたラーメンの原型が千年近くかけて日本のラーメンになるまでを解き明かした本らしい、、、壮大な内容なだけあって、値段もすごい。なんと日本円で約12,000円!!絶対買わない笑
個人的にはこうしたブームはとても良いと思っている。というのも、色々とヒアリングした結果、欧州の人達は、アニメ、日本食(ラーメン、日本酒等)、宗教(禅)等を通じて徐々に日本に興味を持ち始める。そして、深く入るとすごく独特で面白い国だと気づく。結果、日本が好きになり、日本に行きたい!となるパターンが多いということを知ったからだ。
日本のツーリズムのためにも海外でのクールジャパンと国内でのクールジャパンの両輪を回すことが大事なはず。旅ジョブとゲストハウスioriは、国内でのクールジャパンやおもてなしを存分に発揮できる事業なので、どんどん面白い動きをしていきたい!!
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